

ジェーン・オースティンの「説得」(1818)は、彼女のこの上なく痛烈で皮肉のきいた作品です。本小説において、オースティンは満足のいく恋愛物語を提供してくれていますが、それは同時に、若い女性に向けられた説得という行為への批判的な視線へと変っていきます。ここでは物語の第11章から現存する数少ない原稿のページを再現しました。
サイズ |
ペンシルケース
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サイズ |
幅: 220mm (8¾")
高さ: 30mm (1¼") 厚さ: 68mm (2¾") |
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Closure | マグネット式カバー | |
カラー | Blue | |
仕様 |
作家になりたいという野望を持つ人なら誰でも、このアドバイスを耳にすると思います:自分の知っていることを書きなさい。
ジェーン・オースティン(1775-1817)にとって、この言葉に従うならば、当時の若い女性が過ごしていた場所、つまり家庭内のリビングルームの中での世界観にしばられた物語を書くことになります。しかしながら、ジョージ王朝時代は、家庭内でも好ましくない振る舞いを目にする機会は多く、オースティンのような知識欲のある作家が人々の個性や感情を学ぶには十分でした。だから一見したところ、発想の源になるものは乏しいように思われるかもしれませんが、ジェーン・オースティンの小説(「Pride and Prejudice(高慢と偏見)」、 「Sense and Sensibility(知性と感性)」、 「Emma(エマ)」など)には、社会の動きや対人関係に対するオースティンの素晴らしい洞察が活かされ、時代を超えて愛される本であり続けているのです。本表紙で使われている小説「説得」は、他の作品ほど知られていませんが、晩年に執筆されたため、作家としてのオースティンの成熟したもののとらえ方が反映されています。
イングランドのハンプシャー州に生まれたオースティンは8人兄弟のうち下から2番目でした。当時の慣習に沿って、彼女が正式に受けた教育の大部分は、裁縫、ダンス、音楽といったものでした。とはいえ、教区牧師の父親と家族ぐるみの友人も利用する2つの大きな図書館には行けましたし、彼女の家族は常にプロ作家としての成功を願った彼女の支えとなりました。彼女の作品は生存中から多くの読者に愛され、摂政王太子を経て最終的にはイギリス王となったジョージ4世も彼女の崇拝者のひとりでした!
オースティンの物語の大半に登場する若い女性は、優雅さと気品を備えていますが、社会が求めるものからの重圧に耐えかねて、信用を落とすような行為に走る危険があります。一方で、彼女の最後の作品である「説得」では、オースティン作品の主人公らしからぬ、社会の抑圧的な流れに負け、あきらめの境地で人生を送るヒロインに焦点が当てられています。もっとも最終的には、この若い女性主人公も本領を発揮して、自身にぴったりな高潔な男性を見つけるので、物語の最後は、おなじみのオースティン作品らしい納得の内容になっていきます。
オースティンの死後、彼女の家族が伝記の詳細を整理したため、彼女の生涯についての情報は比較的少ないです。しかし、彼女の原稿の多くは今も残っています。本表紙で再現している手書きのページは、唯一知られている「説得」の原稿の一部分です。実際に出版に至ったのは別のバージョンで、最終的に却下された第11章の草稿からとったものです。本原稿は却下されたことにより、管理責任が大英図書館に移行する1925年まで、家族の元で保管されていました。
私たちはオースティンの生涯についての具体的な詳細を知らないかもしれませんが、彼女が遺したまさにこの手書きの原稿によって、彼女の内なる思いとつながりを持てたように感じることができます。